熊本大学法学部で開催された令和6年度卒部式での学部長式辞です。あとでゼミ生から「スポーツネタが多め」と言われました。
学部長式辞
本年度、熊本大学法学部からは、203名の学生が卒業することになりました。みなさん、ご卒業おめでとうございます。熊本大学法学部で所定の学業を修められたことに、まずは敬意を表します。
ところで、ここにいる多くの人は4年前に本学に入学されていると思いますので、ここでこの4年間を簡単に振り返ってみたいと思います。みなさんも、この式辞の間、わたしの話にそって、自分の大学生活を振り返ってみてください。
ここにいる多くの人が入学されたのは、令和3年度(西暦でいうと2021年度)です。この年の1月にそれまでの大学入試センター試験にかわる大学入学共通テストが開始されています。みなさん多くは共通テスト第1期生ということになりますね。ただ、入学後は「新型コロナウィルス(COVID-19)」の流行が晴れぬ中、緊急事態宣言・まん延防止等重点措置が日本各地域で断続的に発令されました。そうした中、1年延期されていた「東京オリンピック・パラリンピック競技大会」が開催されています。また、年があけて2022年の2月には「北京冬季オリンピック・パラリンピック競技大会」も開催されました。同じ年度に夏と冬の両方のオリパラ大会を開催することになった2021年度は、まさにスポーツ一色の年度となりました。世界中のアスリートの活躍が感動をもたらしてくれました。
ところが、こうした平和の祭典の余韻の中で、ロシアのウクライナ侵攻ははじまりました。2022年2月のことです。すでに3年が経ちました。この出来事をみて、みなさんは何を思い、どう感じましたか。すべての個人は、独自の思想・信条をもち、それを表現する自由が保障されています。また、性別・出自などに関わりなく平等に配慮され、平和のうちに生活する権利があります。これは法による統治(法治)によってもたらされる基本的価値です。ただ、この法を適用するのは、また、法を運用するのは、まぎれもなく人間です。それは、民主制を標榜する国においては、選挙で選出された代表者ということになるでしょう。つまり、人権保障・平和の維持といった基本的価値は、代表者による法の適用・法の運用によってもたらされるものなのです。代表者を誰にするか、また、代表者の権力が濫用されないようにしておくにはどうすればよいか。ロシアによるウクライナ侵攻はこのことの重要性を再確認させる出来事でした。
みなさんの多くが2年生になった、令和4年度(2022年度)もさまざまな出来事がありました。印象に残りやすいのはスポーツのことかと思いますが、カタールで開催されたサッカーワールドカップで日本がドイツとスペインを破ったことや、熊本出身の村上宗隆(むらかみ・むねたか)さんが最年少での三冠王に輝いたこと、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では、侍ジャパンが見事、優勝を果たしたことは、まだ記憶に新しいところです。そのWBCでも中心メンバーだった大谷翔平さん、山本由伸(よしのぶ)さん、それに佐々木朗希(ろうき)さんは、ロサンジェルス・ドジャースで、今永昇太さんはシカゴ・カブスで、先日のメジャーリーグの開幕戦でも活躍されていましたね。
さらに、この年・令和4年(2022年)7月、安倍晋三元内閣総理大臣が参院選の選挙運動中に銃撃され命を落としたことにもふれておきます。安部元首相が集団的自衛権を容認するといったわが国の安全保障政策を大きく転換させたことは、いずれ歴史の評価が下されることになると思います。参議院議員選挙は3年に1度、実施されますので、本年の7月に議員の半数が改選されますね。
そして3年生になった令和5年度(2023年度)は、大学入学時からみなさんを苦しめた新型コロナウィルスの感染症法上の分類が季節性インフルエンザと同じ「5類」に引き下げられたことをかわきりに、ようやく大学生らしい生活が実現したと思います。勉強もそうですが、サークルにアルバイトに、また、仲間との旅行など、いろいろ楽しめたでしょうか。ただ、どうやら浮かれてばかりはいられないようです。次から次に明るみに出る政治家の汚職や疑惑、消費者の信頼を裏切るような企業の不正、少子高齢化のならなる加速(わたしが生まれた頃には200万人程度いた新生児も昨年2024年には70万人を割って68.5万人までに低下し、すでに人口の半数以上が50歳以上になっているようです)など、みなさんのこれからの生活を取り巻く環境は、実に不安定な状況にあるようです。くわえて、昨年2024年の1月1日には「令和6年能登半島地震」が発生しました。「平成28年熊本地震」を経験した本学にとって、他人事とは思えない切ない年でした。
そして4年生になった本年度2024年度、昨年10月にわが国では、石破茂氏が自由民主党総裁に選出されたあと内閣総理大臣に就任しています。ただ、相変わらずの「政治とカネ」をめぐる問題の影響を受け、少数与党による不安定な政権運営を余儀なくされています。また、アメリカでは昨年11月の大統領選に勝利したドナルド・トランプ氏が本年1月に再び大統領に就任しております。世界情勢としてはロシアによるウクライナ侵攻は解決の糸口が不鮮明のまま、そして、パレスチナ・ガザ地区における同国とイスラエルと武力衝突も混迷の度合いを深めているように見えます。スポーツに目を転じると、やはりなんといってもMLBでの大谷翔平さんの活躍でしょうか。史上初の50-50(フィフティー・フィフティー)の達成、そして、念願だった所属チームのワールドシリーズ制覇を実現した姿に、日本中がわがことのように喜んだのではないでしょうか。ところで、昨年はパリでオリンピック・パラリンピックが開催されています。大学4年間で2度もオリパラが開催されるとは、珍しい4年間になりましたね。そこでは、陸上女子やり投げ北口榛花さんの金メダル獲得や新競技ブレイキンの様子など、それから車いすラクビーの初めての金メダル獲得などが記憶に残っております。
さらに、みなさんが卒業する本年度の大きな出来事として、ふれておくべき出来事があります。それは1966年に発生した静岡一家4人殺害事件(のちに「袴田事件」と呼ばれていますが)同事件で1980年に死刑が確定していた袴田巌(いわお)さんについて静岡地裁が再審無罪判決を下し、その後、検察の上訴権放棄を受けて、再審無罪が確定したことです(再審無罪判決は昨年9月26日、無罪確定は10月9日です)。この事件は自白調書の信憑性や証拠とされた犯行時着衣が捏造ではないかと当初から冤罪の可能性が指摘されておりました。また、最初の裁判である1968年の静岡地裁において死刑判決を執筆した裁判官が評議においては無罪主張をしていたことの告白もありました。ただ、無罪確定まで60年近くかかっています。国家による人権蹂躙は取返しがつかないものになることを如実に示していると思います。きょう学士(法学)の学位を得たみなさん、こうした問題から目を逸らさないでください。
最後に、また「政治とカネ」の話で恐縮ですが、最近、石破首相が初当選議員との食事会のお土産として商品券10万円を渡したことが話題になっています。この意図は何なのか、これが違法なのか(政治資金規正法違反なのか)等、政治的な混乱を招いていますね。ただ、このこと、いままでの首相経験者もなさっていて、なかば慣行化しているようです。わたしが注目したいのは、ここです。いままでの首相もしていたから、ご自分もされた、のでしょうか。そうだとすると、あまりにも頼りないではないでしょうか。本年2025年は1926年12月25日に昭和と改元されたことからちょうど100年のようです。最近では、ある行動について「昭和か!」と言われることがあります。これは己の考えないままにいままでそうだったから、という理由でとる行動を揶揄する表現かと思います。もうどこの社会・どこの組織においても「いままでそうだったから」という理由での行動は許されないのではないでしょうか。
きょう熊本大学法学部を卒業するみなさん、みなさんは、4月になればそれぞれの持ち場に就くことでしょう。そこでは、ある行動にみなさんの判断が必要になる場面もあるかもしれません。そのさいには、これまでに本学で身に着けた公平・公正の感覚を大切に行動してください。みなさんが努力して得た本学での成果を如何なく発揮されることを祈念して、わたしの式辞としたします。
令和7年3月25日 熊本大学法学部長・大日方信春