令和7年(2025年)4月4日、熊本大学卒業式が挙行され、その後、法学部での入部式でお話させていただきました。
法学部長式辞
みなさん、熊本大学法学部合格、おめでとうございます。そして、こうして入学していただき、ありがとうございます。
この場をお借りして、法学部を代表いたしまして、一言、ご挨拶もうしあげます。
皆さんが入学した熊本大学法学部のはじまりは、明治20年(1887年)に設置された第五中学校、それを引継ぎ明治27年(1894年)に設置された第五高等学校にまで遡ります。いまから140年近く前のことです。太平洋戦争後、新制大学としての熊本大学が設置されたときは、法文学部として開設されましたが、昭和54年(1979年)の改組により、法学部が単独の学部として設置されました。本年が2025年ですから、46年前ということになります。
皆さんがこうした伝統ある熊本大学法学部の一員となったことに、まずはお祝い申し上げます。おめでとうございます。
さて、このような旧制五高、熊本大学法学部では、多くの卒業生を輩出してきました。たとえば、その中には内閣総理大臣を務めた佐藤栄作、池田勇人がいます。佐藤栄作の国会答弁「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」はいまでも有名ですね。戦後80年を迎える本年、だれもが平和のうちに生存する権利を享有していること意味は、もう一度、確認すべきだと思います。ほかに旧制五高出身者としては、とくに法学者としては、行政法学者で最高裁判所の判事を務めた田中二郎がいます。また、文化功労者の松尾浩也(まつお・こうや)とか佐伯千仭(さえき・ちひろ)という刑事法学者も輩出しております。民法学者の戒能通孝(かいのう・みちたか)も旧制五高の出身者です。
時は下って、熊本大学法文学部法学科・法学部としては、クイズ番組によく出ておられる宮崎美子さんも本学部の卒業生です。「ピカピカに光っていた」宮崎さんは熊大生だったのです。みなさんには世代的に伝わりませんね。先日放送が終了した「おむすび」で糸島にいたおばあちゃんです。気を取り直して、本学出身者には、本学の教員になった人をはじめ(ここにおられる深町先生は国際法担当の教授でした)、裁判官・検察官・弁護士という法曹三者になった人、国家公務員・地方公務員になった人、金融・証券・保険をはじめメーカーなど、さまざまな民間企業はいり組織の中核を占めるようになっている人も、数え上げれば切りがありません。このように熊本の地における法学教育は、現在まで脈々とつながっております。その一員に、きょう、みなさんはなったということです。このことを大切に感じ、是非、プライドをもった大学生活を送ってもらいたいと思います。
ところで、みなさんが熊本大学法学部で学ぶ法学という学問の歴史は古く、大学の草創期である中世12~13世紀には、すでに代表的な大学では多くの法学者が各国から集まった学生とともに研鑽を積んでいたといいます。そこでは基本的な概念の解釈や運用を形式論理的に説くことがなされていたことでしょう。そうした法学がここ熊本大学法学部でも講義されています。ただ、法律は日本国内全国一律に適用されるものであるだけに、この意味での法学だけを学んだのでは、みなさんが熊本の地で法学を学ぶ意義に欠けることになります。そこで、ここ熊本という土地に目を向けると、たとえば「ハンセン病問題」(これは医学的な治療法が確立されたあとも、国が隔離政策を継続したためにいまなお平穏な暮らしを送ることができていない元患者さんたちがいるという問題です)、また「水俣病問題」(問題は多岐にわたりますが、患者として認定された者と認定されていない者との間で補償政策等において格差・分断が生じたりしています)、さらにさまざまな理由で身元を明かさずに子どもを産みたいという女性の利益と生まれてくる子どもの「出自を知る権利」の問題が相克する「内密出産の問題」、地震・豪雨災害を経験しているこの地では災害からの復旧復興に関する法的問題もあります、くわえて台湾セミコンダクター・マニュファクチュアリング・カンパニー(略して、TSMC)の進出を契機として「外国人が日本で暮らす」ことに関しての法的問題など、日本全国のどこにでも起こり得る問題が、ここ熊本の地で生じています。本日、熊本大学法学部に入学することを許された皆さんには、是非、大学の授業を基にして、熊本の地で生じている法的問題に目を向け、大学生として深く思考する時間をもってほしいと考えております。
ちなみに、文部科学省が発表した令和6年度の『学校基本調査』によると、わが国に大学は813校あるようです。そのうち、国立大学は86校あります。国立大学には運営費交付金という税金が投入されています。また、その国立大学86校のうち、「法学部」という名称の学部をもつ大学は全国で14校だけ、九州では2校しかありません。法学という学問を修めた人は卒業後社会に出て組織のバックボーンになることが期待されている人材です。国は皆さんに国費を投入して、社会の中枢になる人物を養成しようとしているのです。そのことをよく理解し、与えられた環境を十分活かして、世の中を良くしていけるような人物になるようにしてください。公正で開かれた社会を築くことの手助けができる、そういう人材になれるはずであると、皆さんには期待が寄せられています。
最後になりますが、そうは言っても新生活、また大学生になると突然「大人扱い」されます。その中で、頑張ることも重要ですが、人を頼ることも重要です。皆さんは心身共に健康でさえいられれば、きっとうまくいく能力を持っています。健康、安全第一です。すこしでも心配なこと、不安なことがあれば、友だち、先輩、教員、誰でもいいので、話しをしてください。また、誰かが困っているようなら、声を掛けてあげてください。誰かを頼りにすることができる、そして、誰かに声を掛けてあげられることができる、そういう一人一人が集まって熊大法学部ができています。このことをお伝えして、新入生へのお祝いの言葉としたいと思います。
熊本大学法学部へようこそ。わたしのお話しはこれで終わりです。
令和7年4月4日 熊本大学法学部長 大日方信春
