きのう(2025年6月14日)、勤務校でシンポジウム「国賠訴訟は刑事司法を変えるのか? - 冤罪の再発防止に向けて」を開催しました。
主催者を代表してご挨拶させていただきましたので、その内容を紹介します。
主催者代表の挨拶
熊本大学法学部長の大日方でございます。本日は、お忙しいところ、熊本大学大学院人文社会科学研究部(法学系)主催、熊本大学法学部及び熊本大学法学部研究教育振興会共催のシンポジウム「国賠訴訟は刑事司法を変えるのか? - 冤罪の再発防止に向けて」にご参加いただきありがとうございます。研究部および法学部を代表いたしまして、一言、ご挨拶申し上げます。
国家賠償責任については、古くから、公務員の違法行為の責任がなぜ国家に帰属するのかという問題がありました。また「国王は悪をなし得ない(King can do no wrong)」の法格言の下で、いわゆる「国家無答責の法理」が確立していた時代もありました。ところが、これでは公務員の負担が過大になり、したがって、被害者の救済も十分ではないことから、次第に違法行為をした公務員の使用者としての責任を国家に求めるというかたちで国家無答責を否定する法理が確立したと理解しております。日本国憲法においても、その17条で、公務員の違法行為から受けた損害に対する賠償請求権を保障しております。これは、大日本帝国憲法下において公務員の個人責任を認めるのみであった国家賠償制度の不整備を改め、国または地方公共団体の違法行為による損害について包括的に救済する旨を規定したものです。
ところで、こうした人権保障制度を取り入れた日本国憲法の下でも、無実の者が刑事訴訟において有罪の判決を受けること、あるいは、ひろく無実の者を犯罪者として扱うことを意味する「冤罪」事例は、あとをたちません。有名なものとして、昨年ようやく無罪判決が確定した静岡一家四人殺害事件(いわるゆ袴田事件)、ここ熊本県の人吉市で発生した強盗殺人事件である免田事件、同じく熊本県内で現在は宇城市となっている松橋で発生した殺人事件(松橋事件)など、不十分な(なかには捏造といえる)物証や自白のみに基づく捜査の問題点がつよく指摘されてきたものもあります。戦後、国民主権の下で基本的人権の尊重を高らかに宣言した日本国憲法下において、なお、このような事例があるのです。もちろん、この日本国憲法の40条は、拘留または拘禁された後に無罪判決を受けた者に対して刑事補償を与えています。ただ、その額は最高で日額12,500円。冤罪によって心身ともに疲弊し、また人生の大半を失ってしまった者にとって、あまりにも不十分な補償ではないでしょうか。
こうした状況をうけ、冤罪被害で受けた損害を先の国家賠償制度を利用して救済する試みがあるとのことで、本日、こうした問題に詳しい4名の論者に集結していただき、国賠制度の中で冤罪被害を救済すると同時に、当該訴訟の中で、冤罪を招いている検察・警察の実体を検討するシンポジウムを企画いたしました。お忙しいなかご出席いただいたシンポジストの方々に御礼申し上げます。
本日のシンポジウムでは冤罪被害を国賠制度を通じて救済する中で、わが国の現在の刑事司法を正すためにさまざまな角度から論点整理がなされると思われます。いみじくも機器の不正輸出の疑いをかけられた企業への捜査が「違法捜査」であったことが数日前(6月11日)に確定した中でのシンポジウムとなりました(大川原化工機訴訟)。同事件においては現職警察官が法廷において事件の「捏造」を証言しているとのことです。日本国憲法下においても、まだこのような事例があるのです。こうした刑事司法の状況をここにお集まりいただいたみなさまと考える時間になればと思っております。
本日はよろしくお願いいたします。
