昨日(2025年3月25日)、勤務校では卒業式がありました。県立劇場での全学での卒業式のあと、法学部で学位記授与式をしました。
そのときの式辞です。
法学部長の式辞
本年度、熊本大学法学部からは、220名の学生が卒業することになりました。みなさん、ご卒業おめでとうございます。熊本大学法学部で所定の学業を修められたことに、まずは敬意を表します。卒業者が220名になるのも、留年率が1桁(正確には6.3%ですが、これ)になるのも、会議で報告された記録の範囲では、いままでになかった好成績です。おめでとうございます。
ところで、ここにいる多くの人は4年前に本学に入学されていると思いますので、ここでこの4年間を簡単に振り返ってみたいと思います。みなさんも、この式辞の間、わたしの話にそって、自分の大学生活を振り返ってみてください。
ここにいる多くの人が入学されたのは、令和4年度(西暦でいうと2022年度)ですね。この年の2月に、ロシアによるウクライナ侵攻がはじまっています。みなさんは大学受験の真っ最中だったでしょうか。よく「ポスト冷戦の終焉」といわれるこの戦争と、その後の大国(たいこく)間の新しい対立を背景にした地域紛争は、円安や物価高騰など、われわれの日常の生活まで国際的緊張の中に置く状況へとつながっています。しかも、紛争当事国の一方に加担するような軍事支援までとなると、われわれは、すでに戦争とは無縁ではない立場に身を置いているといえるのではないでしょうか。みなさんに、こうした当事者意識はありますか。
この年(2022年)の7月には、安倍晋三元内閣総理大臣が参院選の選挙運動中に銃撃され命を落としました。安部元首相が集団的自衛権を容認するといったわが国の安全保障政策を大きく転換させたことは、いずれ歴史の評価が下されることになると思います。その後、政権は菅氏、岸田氏、石破氏と自公連立で担われたあと、先月には連立パートナーを日本維新の会にかえて高市早苗氏が女性初の内閣総理大臣に就任しています。衆議院で圧倒的多数の議席を得た政府・与党の今後の動向はいかようでしょうか。
2年生になった令和5年度(2023年度)は、大学入学時からみなさんを苦しめた新型コロナウィルスの感染症法上の分類が季節性インフルエンザと同じ「5類」に引き下げられたことをかわきりに、ようやく大学生らしい生活が実現したと思います。勉強もそうですが、サークルにアルバイトに、また、仲間との旅行など、いろいろ楽しめたでしょうか。ただ、どうやら浮かれてばかりはいられないようです。次から次に明るみに出る政治家の汚職や疑惑、消費者の信頼を裏切るような企業の不正、少子高齢化のならなる加速(わたしが生まれた頃には200万人程度いた新生児も昨年2025年には70万人程度になっているとのことです。すでに人口の半数以上が50歳以上になっています。など)など、みなさんのこれからの生活を取り巻く環境は、実に不安定な状況にあるようです。
年が改まって2024年の1月1日には「令和6年能登半島地震」が発生しました。本年2026年は東日本大震災から15年、熊本地震から10年の節目の年となっています。「命は決して当たり前ではない」と同時に、「命は社会の中で守られている」、本年はことを再認識する年となると思います。
そしてこの2024年の11月には、アメリカでドナルド・トランプ氏が大統領選を制し、翌2025年の1月に再び大統領に就任しております。トランプ政権にしろ、現在のわが国の政権にしろ、強い大衆的支持をもつ指導者を法はいかに統制できるのか。法学徒であるわれわれには、こうした課題がいま問われているのだと思います。
みなさんの多くが4年生になった昨年度2025年度には、まだ記憶に新しいと思いますが、大阪・関西万博が開催されました。そこではAI、医療、環境などが中心テーマとされていました。みなさんがこれから担う未来社会は、さまざまな領域でまさにパラダイムの転換が求められているのだと思います。準備はできていますか?
ところで、本年2026年は、熊本にとって特別な年だと思います。それは水俣病が公式に確認された1956年から数えて70年という節目もむかえるからです。日本全体が経済成長を求めるなか、企業からの工業廃水により地域の人々の生活と健康に深刻な被害をもたらした水俣病は、日本の公害の歴史の中でも最も深刻なものの一つであり、企業活動、行政の対応、そして司法の役割など、みなさんが学んできた法と社会の関係を深く問うものになっています。その後、被害者を救済するための訴訟が提起され、熊本地裁における1973年の水俣病第一次訴訟判決は、企業の責任を厳しく認め、被害者救済の道を大きく開いた歴史的判決として知られています。この判決は、経済成長のもとに「構造的不正義」があったことを白日の下に晒すことになりました。ただ、その後はどうでしょう。1973年の熊本地裁判決からすでに半世紀を超える年月が過ぎてなお、水俣病問題は解決したとはいえず、また、成長が富の集中、格差を生んでいる状況は生活のいたるところで見ることができます。
きょう熊本大学法学部を卒業するみなさん、みなさんは、もう来週にはそれぞれの持ち場に就くことでしょう。そこでの行動には、みなさんの判断が必要になる場面もあると思います。そのさいには、これまでに本学で身に着けた公平・公正の感覚を大切にして行動してください。みなさん一人一人の影響は弱く、また、法の力も頼りないものかもしれません。ただ、みなさんが法学部で培った論理的思考力、他者への共感力、公共への責任感こそが、いままでも、そして、これからも、社会の基盤をなすものだと思います。みなさんが努力して得た本学での成果を如何なく発揮されることを祈念して、わたしの式辞としたします。
あたらためて、本日は卒業おめでとう。
令和8年3月25日 熊本大学法学部長・大日方信春


