3月25日は、例年、勤務校で卒業式・卒部式が実施されます。本年度も新型コロナウイルス感染症の影響をうけ短縮された形式ですが、無事、卒業式・卒部式を挙行することができました。わたしもはじめて卒部式で式辞というものを述べさせてもらいました。

学部長の式辞(2022.03.25)- 令和3年度卒部式

 桜始開(さくらはじめてひらく)、桜開花の便りが届く頃になりました。みなさん、ご卒業おめでとうございます。熊本大学法学部で所定の学業を修められたことに、まずはお祝い申し上げます。

 ところで、みなさんは、平成から令和への時代の変わり目に大学生活を送ってきたことになりますが、ここでその間のできごとを簡単に振り返ってみたいと思います。みなさんはそのとき何をしていたのか、各自、思い出してみてください。

 多くの人が入学したのは平成30年度(2018年度)。わが国はまた大きな自然災害に見舞われています。7月に220名を超える死者を出した西日本豪雨や9月に北海道を襲った震度7の地震などがその例です。明るい話題としては、前年の2017年に29連勝の記録を打ち立てた藤井聡太棋士が最年少で7段に昇段しています。藤井棋士はその後、9段に昇段し、現在は最年少で5冠のタイトルを保持されていることはご存じの通りです。さらに2018年には、昨年、MLB(メジャー・リーグ・ベースボール)でMVPを獲得した大谷翔平さんが新人王に輝いています。どうも4年間というのは、人間を成長させるに十分な時間のようです。みなさんは、どうでしたか。

 平成31年度(2019年度)は、平成29年に制定された皇室典範特例法の規定に基づき、4月30日に平成の天皇陛下が退位され、新たに皇太子徳仁(なるひと)親王殿下が5月1日に第125代天皇に即位されています。天皇の退位は1817年の光格天皇以来202年ぶりの出来事でした。これに先立つ4月1日には新元号「令和」が発表されています。令和になっても災害はとどまらず東日本では台風大雨の被害が重なり、また、沖縄の首里城が焼失されたのもこの年です。スポーツの分野では、ラクビーワールドカップの日本大会が開催され日本はベスト8に輝いています。このときのキャッチフレーズ「ワンチーム」は、いまの多様性を尊重する社会の合言葉といえるものだと思います。

 ところで、年度でいうとこの年度、2019年度(令和元年度)の末にあたる2020年の1月頃から、その後、いまにいたるまで世界中の、そしてみなさんの大学生活を大きく変えてしまった「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)」が流行しています。致し方ないことかもしれませんが、コロナ禍の影響を受け、みなさんに十分な大学生活・学修環境を与えられなかったことについて、忸怩たる思いを抱いております。

 新型コロナの影響を受け、遠隔授業・オンライン授業で始まった令和2年度(2020年度)には、緊急事態宣言が発出され各種のイベントが延期・中止されたかと思えば、その後、いわゆるGo To キャンペーンが実施されるなど、国民生活が翻弄された1年でした。国内では通算在職日数及び連続在職日数ともに歴代最長であった安部晋三内閣の後をうけ、コロナ対応を使命とした菅義偉(すが・よしひで)内閣が7月に発足したこの年度に、アメリカではドナルド・トランプ前大統領を破ったジョセフ・バイデン氏が第46代大統領に就任しています。スポーツの世界では、一時は序二段まで番付を落とした照ノ富士関が7月場所で優勝、その後、年がかわった2021年の3月場所でも優勝し大関に再昇進されています。また、8月にも白血病で闘病中だった水泳の池江璃花子さんがレースに復帰しています。大怪我や大病を乗り越えられたこのお二人の活躍は、国民に大きな希望を与えてくれています。

 そして、本年度、2022年度(令和3年度)、コロナ禍が晴れぬ中、1年延期されていた「東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会」が開催されています。先日まで開催されていた「北京2020冬季オリンピック・パラリンピック競技大会」とあわせて、世界中のアスリートの活躍が感動をもたらしてくれました。とくに、カーリング女子ロコ・ソラーレの姿は、日本のチームスポーツの完成形をみたように感じました。

 ただ、平和の祭典のさなか、ロシアのウクライナ侵攻ははじまりました。両国間の紛争は・・・・いまだ終結を見ていません。

この出来事をみて、みなさんは何を思い、どう感じましたか。すべての個人は、独自の思想・信条をもち、それを表現する自由が保障されています。また、性別・出自などに関わりなく平等に配慮され、平和のうちに生活する権利があります。これは法による統治(法治)によってもたらされる基本的価値です。ただ、この法を適用するのは、また、法を運用するのは、まぎれもなく人間です。それは、民主制を標榜する国においては、選挙で選出された代表者ということになるでしょう。つまり、人権保障・平和の維持といった基本的価値は、代表者による法の適用・法の運用によってもたらされるものなのです。代表者を誰にするか、また、代表者の権力が濫用されないようにしておくにはどうすればよいか。ロシアによるウクライナ侵攻はこのことの重要性を再確認させる出来事でした。

 最後に、部落差別の根絶を目指した全国水平社という団体をみなさんもご存じだと思います。この団体が設立され、「人の世に熱あれ、人間に光あれ」と結ばれる「水平社宣言」が採択されたのは1922年のことです。日本初の人権宣言と言われる「水平社宣言」から100年経ったいま、社会にはまだ差別や偏見が生まれています。しかも法制度の近代化に伴って、差別や偏見は、かえって気づかれない、見え難いものになっているようにも思います。それは、おそらくわたしも含めて、ここにいる多くの人は、社会的にはメジャーな存在であるからだと思います。そして、そのことは何らかの差別意識を生む原因であると思います。熊本大学法学部をきょう卒業するみなさんは、すでにこうした問題状況に気づける人物になっていると思います。というのも、本学はみなさんに他者に「共感すること」が重要だと伝え、法学部はみなさんに物事を「公平にみること」が必要であると教授しました。4月になれば、みなさんはそれぞれの持ち場に就くことでしょう。各地、各所で生活する中で、是非、熊本大学法学部卒業生であるということを忘れない生き方をされることを希望しております。これをもちまして卒部式の式辞といたします。

 令和4年3月25日 熊本大学法学部長・大日方信春