勤務校では2023年(令和5年)3月25日(土)に「令和4年度卒業式」が開催されいました。ひきつづいて開催された「令和4年度熊本大学法学部卒部式」での学部長式辞です。

式次第は教務担当の事務職員が直筆してくれたものです。

学部長式辞

 本年度、熊本大学法学部からは、早期卒業者3名を含めて202名の学生が卒業することになりました。みなさん、ご卒業おめでとうございます。熊本大学法学部で所定の学業を修められたことに、まずはお祝い申し上げます。

 ところで、ここにいる多くの人が入学したのは平成31年度(西暦でいうと2019年度)です。この年は平成29年(2017年)に制定された皇室典範特例法の規定に基づき、平成の天皇陛下が退位され、新たに皇太子徳仁親王殿下が第125代天皇に即位された年です。天皇の退位は1817年の光格天皇以来202年ぶりの出来事でした。みなさんの大学生活は、こうした歴史の節目からはじまっています。ただ、令和になっても災害はとどまらず東日本では台風大雨の被害が重なり、また、沖縄の首里城が焼失したのもこの年のことでした。スポーツの分野では、ラクビーワールドカップの日本大会が開催され日本はベスト8に輝いています。このときのキャッチフレーズ「ワンチーム」は、いまの多様性を尊重する社会の合言葉といえるものだと思います。

 年度でいうとこの年度、2019年度(令和元年度)の末にあたる2020年の1月頃から、その後、いまにいたるまで世界中の、そしてみなさんの大学生活を大きく変えてしまった「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)」が流行しています。入学した頃には予想もしなかったような大学生活になってしまったのではないでしょうか。ようやく最近になって落ち着いてきたようですが、わたしは「新しい生活様式」にまだ慣れていません。

 新型コロナの影響を受け、遠隔授業・オンライン授業で始まった令和2年度(2020年度)には、緊急事態宣言が発出され各種のイベントが延期・中止されたかと思えば、その後、いわゆるGo To キャンペーンが実施されるなど、国民生活が翻弄された1年でした。国内では通算在職日数および連続在職日数ともに歴代最長であった安部晋三内閣の後をうけ、コロナ対応を使命とした菅義偉内閣が7月に発足したこの年度に、アメリカではドナルド・トランプ前大統領を破ったジョセフ・バイデン氏が第46代大統領に就任しています。

 みなさんの多くが3年生になった2021年度(令和3年度)には、コロナ禍が晴れぬ中、1年延期されていた「東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会」が開催されています。また、年があけて2022年の2月には「北京2022冬季オリンピック・パラリンピック競技大会」も開催されました。たまたまですが、同じ年度に夏と冬の両方のオリンピック・パラリンピック大会を開催することになった2021年度は、まさにスポーツ一色の年度となりました。世界中のアスリートの活躍が感動をもたらしてくれました。

 ところが、こうした平和の祭典の余韻の中で、ロシアのウクライナ侵攻ははじまりました。この出来事をみて、みなさんは何を思い、どう感じましたか。すべての個人は、独自の思想・信条をもち、それを表現する自由が保障されています。また、性別・出自などに関わりなく平等に配慮され、平和のうちに生活する権利があります。これは法による統治(法治)によってもたらされる基本的価値です。ただ、この法を適用するのは、また、法を運用するのは、まぎれもなく人間です。それは、民主制を標榜する国においては、選挙で選出された代表者ということになるでしょう。つまり、人権保障・平和の維持といった基本的価値は、代表者による法の適用・法の運用によってもたらされるものなのです。代表者を誰にするか、また、代表者の権力が濫用されないようにしておくにはどうすればよいか。ロシアによるウクライナ侵攻はこのことの重要性を再確認させる出来事でした。なお、2021年(令和3年)の10月4日に菅総理を継いで、岸田文雄さんが第100代の内閣総理大臣に就任されています。

 そして、本年度、2022年度(令和4年度)もさまざまな出来事がありました。わたしはスポーツが好きですから、サッカーワールドカップで日本がドイツとスペインに勝ったことや、熊本出身の村上宗隆さんが最年少での三冠王に輝いたり、先日まで開催されていたワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では、侍ジャパンが見事、2009年以来の3大会ぶりの優勝を果たしたことは、将来まで記憶にとどめられることだと思います。

 本年度という意味では、昨年9月、安倍晋三元内閣総理大臣が参院選の選挙運動中に銃撃され命を落としたことにもふれておきます。安部元首相がわが国の安全保障政策を大きく転換させたことは、いずれ歴史の評価が下されることになると思います。ところで、安部元首相は国葬にふされました。国葬といえば、イギリスではエリザベス・アレクサンドラ・メアリー女王も昨年の9月に崩御されています。みなさんはわが国の代替わりの年度に入学し、イギリスの代替わりの年度に卒業していくことになりました。

 最後に、みなさんが大学生活を送った熊本は「マンガ県」を標榜しております。くまもと縁のマンガもあるようですが、現在上映中の「THE FIRST SLAM DUNC」の作者・井上雄彦さんは本学の文学部の学生でした。その「SLAM DUNC」にはさまざまな名シーン・名言がありますね。みなさんとの関係では、定期試験になると主人公が所属する湘北高校バスケ部監督の安西先生の言葉「あきらめたらそこで試合終了ですよ」が熊大ではトレンド入りしていたことでしょう。ところで、その湘北高校バスケ部の3年生に小暮公延がいます。彼は主人公の桜木花道や流川楓、そして同じ3年生の赤城や三井がいるので、常に控えに回っています。でも彼は1年生の頃から、部員が減っていってしまっても・部員に覇気がなくても、赤城とともにずっとバスケに打ち込んでいて、ついに、湘北高校がインターハイ出場を決めた陵南高校との試合で、試合を決定づける3ポイントシュートを決めます。その姿を見て、小暮の実力を軽く見て他の選手にディフェンスを集中していた相手高校の田岡茂一監督は「あいつも3年間がんばってきた男なんだ」「侮ってはいけなかった」と小暮のことを認める言葉を言います。わたしはこのシーンで中国の儒学者・孔子の言葉を思い出しました。それは「之を知る者は之を好む者に如かず。之を好むものは之を楽しむ者に如かず」というものです。意味は「ある物事を理解している人には知識はあるが、それを好きな人には敵わない。でも、ある物事を好きな人は、それを楽しんでいる人には敵わない」というものです。小暮は部員がバラバラの時も、そして、スター選手の中で控えに回っているときでも、ずっとバスケを楽しんでいたんですね。

 4月になれば、みなさんはそれぞれの持ち場に就くことでしょう。そこではうまくいくことばかりではないでしょう。報われていないと感じることも多いと思います。ただ、それでも与えられた役割をこなしていれば、きっとその中で「うまくできた」「よかった」と思える出来事が起こります。それが生きる糧になります。そうした成功を積み重ねられるように、日々これ精進されることを期待して、わたしの卒部式の式辞といたします。

 令和5年3月25日

 熊本大学法学部長・大日方信春