勤務校では令和5(2023)年4月4日に熊本県立劇場で入学式が挙行されいました。
その後、大学に移動して、法学部では「令和5年度入部式」を挙行しました。そのときの学部長式辞です。
法学部長式辞
みなさん、熊本大学法学部合格、おめでとうございます。そして、こうして入学していただき、ありがとうございます。
この場をお借りして、法学部を代表いたしまして、一言、ご挨拶もうしあげます。
皆さんが入学した熊本大学法学部のはじまりは、明治20年(1887年)に設置された第五中学校、それを引継ぎ明治27年(1894年)に設置された第五高等学校にまで遡ります。いまから130年くらい前のことです。太平洋戦争後、新制大学としての熊本大学が設置されたときは、法文学部として開設されましたが、昭和54年(1979年)の改組により、法学部が単独の学部として設置されました。本年が2023年ですから、44年前ということになります。
皆さんがこうした伝統ある熊本大学法学部の一員となったことに、まずはお祝い申し上げます。おめでとうございます。
さて、このような旧制五高、熊本大学法学部では、多くの卒業生を輩出してきました。たとえば、その中には内閣総理大臣を務めた佐藤栄作、池田勇人がいます。また、旧制五高出身の法学者には、行政法学者で最高裁判所の判事を務めた田中二郎がいます。さらに、文化功労者の松尾浩也や佐伯千仭という刑事法学者も輩出しております。民法学者の戒能通孝も旧制五高の出身者です。
時は下って、熊本大学法文学部法学科・法学部としては、法学部文学部の同窓会組織として武夫原会というものがあります。その会長をされている村田信一様(いま、文学部でご挨拶されているので、間もなくお越しになります)は法学科卒業後、熊本県副知事にまでなられております。クイズ番組によく出ておられる宮崎美子さんも本学部の卒業生です。さらに、現在本学部で民法を担当されている岡本友子教授、政治史を担当されている大澤博明教授、刑法を担当されている澁谷洋平准教授も熊本大学法学部の卒業生です。
そして、先日、熊本県芦北町で死産した双子の赤ちゃんを自宅に遺棄したとして、死体遺棄の罪に問われたベトナム人の元技能実習生の裁判で、最高裁判所は執行猶予つきながら有罪とした1審・2審の判決を取り消し、無罪判決を出したことについてご存じの方もいると思います。この元技能実習生を第1審の熊本地裁の段階からずっと弁護し続け、ついに最高裁で無罪判決を得るに至った石黒大貴弁護士は、平成26年(西暦でいうと2014年)の本学法学部卒業生、ある意味でつい最近の卒業生です。日本に弁護士は数多くいますが、刑事事件の有罪率は実に99.9%であると言われているわが国の刑事司法で、若くして最高裁で無罪判決を得る者はそう多くありません。
このように熊本の地における法学教育は、現在まで脈々とつながっております。その一員に、きょう、みなさんはなったということです。このことを大切に感じ、是非、プライドをもった大学生活を送ってもらいたいと思います。
ところで、みなさんが熊本大学法学部で学ぶ法学という学問の歴史は古く、大学の草創期である中世12~13世紀には、すでに代表的な大学では多くの法学者が各国から集まって学生とともに研鑽を積んでいたといいます。そこでは基本的な概念の解釈や運用を形式論理的に説くことがなされていたことでしょう。そうした法学がここ熊本大学法学部でも講義されています。ただ、法律は日本国内全国一律に適用されるものであるだけに、この意味での法学だけを学んだのでは、みなさんが熊本の地で法学を学ぶ意義に欠けることになります。そこで、ここ熊本という地方に目を向けると、たとえば医学的な治療法が確立されたあとも国により隔離政策が継続されたためにいまなお平穏な暮らしを送ることができていない元患者さんたちがいるハンセン病問題、患者として認定された者と認定されていない者との間で補償政策等において格差・分断が生じている水俣病問題、さまざまな理由で身元を明かさずに子どもを産みたいという女性の利益と生まれてくる子どもの「出自を知る権利」の問題が相克する内密出産の問題など、日本全国のどこにでも起こり得る問題が、熊本の地で生じています。先ほど紹介した外国人技能実習生の人権問題も熊本の地で顕在化しました。本日、熊本大学法学部に入学することを許された皆さんには、是非、大学の授業を基にして、熊本の地で生じている法的問題に目を向け、大学生として深く思考する時間をもってほしいと考えております。
最後になりますが、新型コロナウイルス感染症の影響がまだ治まらない中での入学となり、さまざまな不安、不都合があると思います。その中で、頑張ることも重要ですが、人を頼ることも重要です。皆さんは心身共に健康でさえいられれば、きっとうまくいく能力を持っています。健康、安全第一です。すこしでも心配なこと、不安なことがあれば、友だち、先輩、教員、誰でもいいので、話しをしてください。また、誰かが困っているようなら、声を掛けてあげてください。誰かを頼りにすることができる、そして、誰かに声を掛けてあげることができる、そういう一人一人が集まって熊大法学部ができています。このことをお伝えして、入部式の式辞にいたします。
熊本大学法学部へようこそ。わたしのお話しはこれで終わりです。
令和5年4月4日 熊本大学法学部長 大日方信春