初回のこの欄で、憲法は「国家の基本構造」と紹介しました。憲法には、その国の歴史や政治の仕組みに加え、文化や産業への考え方が書き込まれていることもあります。日本と比較する狙いで学生が調べた6カ国の憲法も、それぞれに国柄(Constitution)がにじみ出ていました。
ドイツは第2次世界大戦の反省から1949年、反ナチズムを掲げた基本法(憲法) を制定しました。民主主義を否定する政党は違憲とし、民族迫害につながるヘイトスピーチも禁じています。68年改正で「圧政に抵抗する権利」を定めたのは、侵略を繰り返さない決意の表れでしょう。
フランスは99年改正で、国会議負などの男女同数を目指す「パリテ条項」を追加し、それまで1割未満だった女性議員が4割近くに達しました。努力規定であっても、憲法に盛り込まれれば実社会に影響を与える代表例です。議員の男女均等が法律レベルでの目標にとどまる日本とは、差がありますね。
北欧スウェーデンは社会保障費の対GDP比がOECD加盟国で世界一ですが、憲法で「福祉は公的な活動の基本的な目標」としてその内容を詳細に規定し、将来世代のための環境権も盛り込んでいます。立憲君主制で国王を元首としていますが、大臣任免権や条約締結権といった権限はなく、象徴天皇制の日本とよく似ています。
政治文化が大きく異なる中国とイランの憲法は、随所に目指すべき思想や文化を書き込んでいます。骨格とも言える前文に特徴があり、「世界で歴史が最も悠久な国家の一つ」で始まる中国は、社会主義を称賛し、「毛沢東思想」や「鄧小平理論」を統治の基盤としています。イランもホメイニ師の指導でイスラム教義を統治の基準とする国家を樹立した、と記しました。
安全保障と憲法の関係にも、違いが見て取れます。日本と同じ敗戦国ドイツは、56年の改正で軍隊保持を明記し、出動の要件も定めました。スウェーデンには国連軍参加の根拠となる条文もあります。中国、イランに至っては、国防は「国民の義務」です。一方、あっさりしているのが米仏。大統領に軍の最高指揮権、議会に宣戦布告権を与えているだけで、安全保障の考え方は憲法に書いてありません。
ところで、皆さんは「憲法」にどんなイメージを持っていますか? 日本では「最も重要な価値は、人権の保障」と考える人が多いと思います。それはそれで正解なのですが、世界を見渡せば、「憲法は統治の法である」という側面が強いように思います。
米国は、17~18世紀の市民革命後に制定された近代憲法がほぼ原形をとどめています。それは、大統領を中心とする連邦政府樹立のための法文書でした。後の修正で追加された人権規定は、英国でコモン・ローとして保障されていた権利を確認する程度で、今でも社会保障の規定はありません。
フランスは、ナチスの侵略で崩壊した第3共和制憲法に代わり、第2次大戦後に制定された第4共和制憲法で議会優位の統治を採用しました。しかし、現在の第5共和制憲法では大統領に強いリーダーシップを与える方向にかじを切りました。
フランスのように昨今の世界情勢は、民主制の下とはいえ、為政者の側が「強いリーダー」を実現する手段として憲法を改正する流れにあるようです。中国は今年3月、改憲で2期10年だった国家主席の任期を撤廃しました。アフリカ諸国でも大統領任期を延長・撤廃する改憲が頻繁に報道されています。
こうした体制は効率的な統治を実現できる利点はありますが、権力が集中する危険性もはらんでいます。独任制の機関(大統領、国家主席、首相)と、合議制の機関(議会) がそれぞれ行使する権限のバランスを、国民が常に注視しておく必要があります。
憲法の世界的動向では、「平和主義」も浸透してきました。日本のように戦力不保持を明記している国はさすがに少数派ですが、何らかの形で平和主義を憲法に盛り込んでいる国は実に8割を超えます。その表現は「侵略の禁止」「国際組織との協同」「軍縮の実施」などさまざまです。
90年代以降は、憲法に非常事態条項を加える国も増えました。テロをはじめとした非常事態への備えを国家に求める考え方が、国民に受け入れられているのでしょう。