勤務校の後期授業は、9月27日(水)からはじまっていました。ただ、わたしの後期は月曜日(演習Ⅱ)と火曜日(演習Ⅰ)にしか授業がないので、10月1日(日)のきょうまで実質的には夏休み。ことしの夏休みは自著の執筆にあてました(って、それは仕事では)。

そして、9月末(奥付では2023年9月20日)に5冊目の単著である『表現の自由と知的財産権』(信山社)を出版することができました。ということで、ここでちょっと自著刊行の歴史(というほどでもないけれど)を振り返ってみたいと思います。

単著5冊(のべ6冊)の軌跡

【1冊目】は博士学位論文を基にした『ロールズの憲法哲学』(有信堂高文社、2001年)です。憲法は下位法規範を正当化します(合憲であるとか違憲であるとかの基準を提供している)。では、この憲法の正当性はどう説明するのだろうか?というところに疑問をもったはわたしは、本書で、規範的正義論を復権させたといわれるハーバードの哲学者ジョン・ロールズの「公正としての正義論」を読み解くことで、憲法の正当性を判定する規範的正義とは何かについて検討しています。

【2冊目】博士論文を出版したわたしは、次の研究テーマを模索していたところ、ある日「ミッキーマウス延命」という新聞記事を目にしました(2003年1月17日の読売新聞記事です)。これは2003年に切れるとされていたミッキーマウスの著作権が法改正により20年間延長され、その根拠となった1998年著作権期間延長法に合憲判決が下されたことを報じたものでした(もちろん、延長されたのはミッキーマウスの権利だけではありません)。アメリカの憲法理論を輸入することでわが国の憲法理論を構築してきているわりには「著作権法が表現の自由を制約していると見ることができるのではないか」という見解は、わが国では説かれていないなぁ、と思ったわたしはこの問題に取り組み、11年掛かって『著作権と憲法理論』(信山社、2011年)を刊行しています。今回出版した『表現の自由と知的財産権』はこの本を出版した以降のわたしの研究をまとめたもので「ミッキーマウス延命」の記事にふれてから「知財と表現の自由」を研究しはじめてから(2003年にはじめたので)20周年を記念する本となりました。

【3冊目】熊本大学法学部で憲法を講じるようになって数年がたち、自分の憲法体系もできてきたところで教科書出版のお話しをいただいたので、まずは『憲法Ⅱ 基本権論』(有信堂高文社、2014年)を出版しました。当時の(いまでもか)わが国の基本的人権論は、自然権思想に彩られたものでした。ただ、日本国憲法は「この憲法が国民に保障する基本的人権」と明記しています。その意味は「人は生まれながらに自由・平等である」かどうかは置いておいて(それはそうかもしれないけれど、それは道徳)、「この憲法が」基本的人権を「保障している」という意味だと思ったわたしは、自然権論(人間は理性的存在なので〇〇という権利が保障されるべきである)という思考方法をとらない権利論(基本権論)を書いています。これは、出版後の判例・学説を補いつつ2018年に【第2版】を刊行しています。

【4冊目】憲法は、人権論と統治論にわかれます。勤務校でも人権4単位・統治4単位の合計8単位で憲法の全体を講じています。ということで、前年に人権論の方を出版したので、翌年に『憲法Ⅰ 総論・統治機構論』(有信堂高文社、2015年)を出版しました。わたしの統治論の方の特徴は、わが国の統治機構は議院内閣制をとっている、議院内閣制とは政府と議会との統治方針が一致していることを法制度としてもらたそうとするものである、したがって、政府(内閣)と議会(国会)は権力分立していない、というものです。こうした思考を基盤として、政府と議会は一体なので「政治原理部門」これと「法原理部門」である裁判所は截然と権限分割されるべきである(裁判所は政治的問題に口出しすべきではない)、という構想で統治論を展開しています。

この2冊でわたしの憲法体系を説いているのですが、原稿を書いていた時期(憲法Ⅱの基本権論を執筆していた2013年~憲法Ⅰの統治論を執筆していた2014年の2年間)は、毎日、原稿を書いては消し、書いては消ししていました。われながらよくやっていたと思います。

そして【5冊目】が『表現の自由と知的財産権』(信山社、2023年)です。これは、文化の発展のために無体物(知的財産)に一種の所有権を設定する法制度(知的財産制度)が、かえって、文化・学問の発展を阻害している(表現や学問の自由を制約している)と見ることもできるのでは、という素朴な視点から始まっています。そして、著作権・特許権・商標権・パブリシティ権について、同じ構造が見られることを明らかにし、ようするに権利者団体のロビー活動によって制定されている知財法は、知財を保護しすぎる傾向を示すはずなので、憲法論としてそれらを矯正する法理論を提供することが必要なのではないか、と説くものです。

さてさて、夏休みはこの5冊目(のべ6冊目)の『表現の自由と知的財産権』の出版と、わたしの基本権論を説いた『憲法Ⅱ 基本権論』の第3版の原稿執筆にあてました。基本権論の第3版は、来年度の新入生の「憲法Ⅰ(基本的人権)」の教科書となる予定です。なんとか出版社に入稿したので、夏休みの宿題は最終日に終えることができました。